福永一博先生インタビュー拡大版(Pause第58号)

PAUSE58 INTERVEW

 福永先生には3日間にわたり全部門を審査委員長としてご審査いただきました。今回のインタビューではSVECについてのみならず、示唆に富むお話しを沢山伺うことができました。

佐々木)2年前の「SVEC」は音源審査となり福永先生にも審査にあたっていただきました。今年は全団体が実演で出場することができました。全部門について講評をいただけますでしょうか?
福永先生)以下敬称略  埼玉県の合唱についていつも感じることは、歌心がある団体がとても多いということです。一人一人の歌心を感じながら聴かせていただきました。良い意味で音楽的に真面目。それは楽譜に対するアプローチやハーモニーやリズムから音楽を形作ろうとする姿勢に表れています。素晴らしいことだと思います。
 初日の小・中学校の部について審査員のなかで話題になったのは、音楽の流れについてです。シラビック(拍節的)になってしまった団体が多かったように思います。特に8分の6拍子の扱いが難しい。作曲家は子守唄、風や波の揺らめき等を表現するために8分の6拍子を用いることが多いですよね。大きな2拍子を円で捉えていく感覚がもっと一人一人にあると良いなと感じました。単なる8分音符の連続になってしまうと音楽の流れが止まってしまいます。練習の時に実際に体を動かし揺らしながら練習し、拍節感を意識することも重要でしょう。音の立ち上がりのタッチのスピードに律動感が表れて、音楽が同じ方向に流れていくようになると思います。
 2、3日目の部門に関しては「曲の本質を掴む」ということを意識してほしいと感じました。難しい曲であればあるほど音程やリズム、ハーモニーを整えることに囚われるあまり「結局この曲って、どんな曲なのか?」「作曲家がどんなことを伝えたくて生まれたものなのか?」「面白さがどこにあるのか?」が見えなくなってしまいます。例えば楽譜に<giocoso>と書いてあるのに全然楽しそうではなかったり…。それって曲の本質に大きくかかわってくることですよね。音程やリズムが正しくても<giocoso>が伝わらなかったら意味がありません。
 難しい曲であればあるほど、その本質に立ち返る必要があると思います。一番大事なものを見失わないようにしましょう。そうすれば「リズム」は「律動」に、「ハーモニー」は「色彩」に変わっていくと思います。

佐々木)連盟としては今回初めて桶川市民ホールを利用しました。
福永)ここはとても響くホール。少人数でもアンサンブルしやすい反面、声が飽和しやすい空間でした。舞台でのリハーサルができない「一発勝負」のコンクールでは、環境に左右されずに自分の身体を楽器としてホールを共鳴させていくこと、そして本番のホールに自分たちの演奏をアジャスト(最適化)させていくことの2つが大切になります。
 本番のホールは必ずしもアコースティックで美しい響きであるとは限りません。また、響きの良いホールであっても、歌っている本人にはまわりの声が聴こえず、デッドに感じるということもよくあります。そうしたさまざまな環境に左右されずに、自分の身体を楽器としてホールを共鳴させるためには「練習時と身体の使い方を変えない」ということが大切です。どういう「支え」で歌っているのか?どういう「ポジション」で歌っているのか?練習の時に自分の身体の使い方を自覚しながら歌うことが大切です。人は普段と違う環境では必要以上に力んでしまいがちです。すると練習で積み上げた音楽や声の美しさが崩れてしまう。環境に左右されずにいつも通りの身体の状態で歌えるようにするために、普段から音楽室以外の練習会場を利用することも効果的です。校庭とか、屋上とか、体育館とか。歌い手にとっての聴こえ方が違う場所でも身体の中は同じ状態で歌える工夫を是非していただきたいと思います。練習の環境を変えると「自分の内側」に気づきやすくなりますよ。
 次に、自分たちの演奏をホールにアジャスト(最適化)させるということですが、音楽室など普段の練習会場は広くないため、「直接音」を聴き合いながらの練習になってしまいますが、本番のホールでは「直接音」が1割、「間接音」が9割ほどの割合で客席に声が届きます。つまり、普段の練習で聴いている演奏と、ホールで聴こえる演奏は、全く別物なのです。ホールは間接音が主体なので、いつもの練習会場に比べるとアーティキュレーションや子音がどうしてもボヤけてしまいます。普通の演奏会であればステージリハーサルの時にホールの響きを確認して立ち位置を変えてみたり、子音の強さを調整してみたりということができますが、コンクールではそれも難しいですよね。その対策としては、練習室という空間においての最良の発音やアーティキュレーションを実現して満足するのではなく、ホールの響きを想像して様々な条件にも対応できるような訓練を指揮者の先生と共に行う必要があると思います。「練習室での今の響きは、ホールではきっとこのように響くだろう」そんな想像力を働かせて取り組めると、初めて演奏するホールでも普段と同じ音楽ができると思います。
 今回は、力んでしまい発声が崩れてしまう団体が多かった。普段と違う環境の中では、自分の身体で覚えている音を自覚的に発する訓練をしていないと「いつもの」演奏はできませんよね。普段やっていないことは本番もできませんから。「頑張っているわりには伝わらない」という演奏になってしまいます。ホールを味方につけた合唱団が良い演奏するのは当然です。ホールも楽器であるという意識を普段から持って練習に臨み工夫していただきたいと思います。

 高等学校の部は、良い声の団体が多いですね。一方で良い声と良い響きで曲を「塗りつぶしてしまっている」という印象も持ちました。和声の翳りや、母音による色彩の変化やフレーズの持っている多様性を演奏に生かしたいですね。聴衆はいくら良い声で歌われても、それで5分~10分聴いていたら飽きてしまう。作曲家も同じ音楽を続けていたらお客さんが飽きてしまうから、リズムを変えたりハーモニーを変えたりテクスチャー(ex.モノフォニック、ポリフォニック、ホモフォニック)を変化させたりするなど、様々な変化をもたらしながら作曲します。だから演奏者もその変化を受け取って多彩な表現のパレットを用いて演奏していただきたい。良い声、良い発声、良いポジションが至上命題になってしまうと大事なものが聴こえなくなってしまいます。もちろん良い声の団体が多いということは本当に素晴らしいことです。さらに先に進むために敢えて申し上げました。

 ユース・ジュニア・レディ・一般の部については先に申し上げた「曲の本質を掴む」を特に強く感じました。

 全体について更に申し上げれば、もっと耳を開いて、もっとハモって欲しい。「そこそこハモる」で満足して欲しくない。合唱は「ハモってなんぼ」ですよね。「そこそこハモる」は「そこそこハモっていない」と同義で、力のある団体なのにハモっていない団体が多いと感じました。自分が声を出すことに精一杯になってしまっている。自分が歌うことに意識の全てがいってしまうのではなくて、常に自分の声への意識を「7」に抑えて、残りの「3」の余裕を周りの声を聴くことに回さないとアンサンブルを高いレベルではできないと思います。

佐々木)「ハモる」ために私たちがすべきことで最も大切なこと何でしょうか?
福永)「聴く」しかないですね。テクニックと言うよりも「互いに聴く」しかないと思います。そしてハモった時の気持ち良さは、音楽的な経験値には関係なく、人間が根本的に持っている喜びなのだと感じることが多いです。「なんか今気持ち良かったよね」の体験が大切です。ハーモニー、更にはユニゾンもお互いに聴くことで美しくなっていきます。

佐々木)ユニゾンを整える方法を何か教えていただけますでしょうか?
福永)同パート複数人でユニゾンを歌うとき、一人一人の声を円で考えます。その円の集合で下の図1のように1人の声を円◯と考えると、2人の円を完全に重ねてしまうとその個人の良さ、両方の良さが消えていきます。弱々しくなり表現の力強さがなくなってしまう。 ではどのように重ねるかと言うと、図2のように中心点のところまで重ねるイメージです。
 重なり合う部分が増幅して声に力を持たせていく。重ならない部分は一人一人の存在感や個性になっていきます。それが演奏自体の強さや豊かさにつながっていく。3人なら図3のように。そして重なっているコアの部分が濃くなり、重ならない部分が各個人の楽器の特性を発揮していく。一人一人が同じ方を向き、寄り添っているイメージがこの図から見えてきますよね。これを合唱として聴いた時に表現の豊かさにつながっていくと考えています。

佐々木)本日は私たちの活動にすぐに活かせるアドヴァイスを沢山頂戴いたしました。
 福永先生、誠にありがとうございました。

 インタビューにご協力いただいたのはSVECの3日目の表彰式終了後です。3日間の全審査に関わっていただき疲労もピークのはずなのに、約1時間にわたり素晴らしいお話を聞かせてくださいました。常に笑顔と優しい表現で示唆に富んだご助言をいただけましたこと心より御礼申し上げます。記事にすることで些か厳しめの表現になってしまったのは私の文章力が至らぬためです。ご容赦ください。
インタビュアー:常務理事 佐々木憲二